彼は昔の彼ならず

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『明星』に見るアールヌーヴォー :: 2012/09/15(Sat)

前期レポート試験の下書きが発掘されましたので晒したいと思います
ちょっといじりましたが、ほとんど原文ママです
「ちょっと何言ってるかわかりませんねー」状態かも。ふぇぇ
長いのでたたんでおきました。追記にてどうぞ。


一条成美


『明星』の装丁は非常に大胆ですよね。↑は一條成美の描いたものです。



 雑誌『明星』の歴史の始まりは明治33年4月のことである。新聞紙型の、わずか16ページで構成されている小さな雑誌であった。その小雑誌は、同年9月の第6号から瀟洒な46倍版(B5判)に体裁を改める。アルフォンス・ミュシャのポスターを模した一條成美の清怨な絵が表紙を飾り、ここに『明星』が花開いた瞬間であった。その記念すべき第六号を刊行するにあたり、与謝野鉄幹を主宰とする東京新詩社は、後記にあたる「一筆啓上」で「新詩社清規」を改め、13項目を改めて掲載した。その中には、次のような一項がある。「われらは堕落せる国民の嗜好を高上ならしめんがために、文学美術等の上より新趣味の普及せんことを願ひて、雑誌「明星」を公にす。」この第9項こそ、文学と芸術の融和を図った『明星』の特質を表していると言える。今回は、木股知史の「『明星』における文学と美術の交流」を参考にしつつ、文芸雑誌『明星』について考察する。

 まず、木股の論文の要旨について述べる。木股は『明星』を、そして明治を代表する女流歌人の与謝野晶子を例として扱っている。晶子の最大の魅力である情熱的かつ官能的で色彩感溢れる歌と、アールヌーヴォー芸術に描かれる女性を絡め、その共通点である「髪」と「色彩」について論じている。『明星』の表紙を飾った画家として、一條成美、藤島武二、中澤弘光、和田英作らの名が挙げられているが、ここでは二大巨頭である一條と藤島を取りあげるとしよう。『明星』の記念すべき第6号の表紙は一條の描いたものである。ここで木股が「百合の花を持つヌードの女性像のポーズは、アルフォンス・ミュシャの巻きタバコ「ジョブ」のポスターの影響を受けている。」と述べているように、一條の絵はミュシャの絵を模したものであった。第11号の藤島が描いた表紙についても、木股は「藤島の表紙画は、ミュシャの様式を踏まえており、ミュシャが描いた雑誌『レスタンプ・モデルヌ』の表紙画と比べれば、その相似は歴然とする。眼や鼻孔の特徴的な描き方がとても似ている。」と述べている。このように、アールヌーヴォーを代表する画家であるミュシャの絵と、『明星』の表紙画家の類似点を挙げ、『明星』と芸術の関係性についての論述に説得性を持たせている。それは『明星』は単に文学雑誌としてのみではなく、芸術雑誌としての役割を果たしたことを示すものである。そした、晶子の代表的歌集である『みだれ髪』と西洋芸術の関係性も述べられている。『みだれ髪』に収録されている「みなぞこに けぶる黒髪 ぬしや誰れ 緋鯉のせなに 梅の花ちる」の一首と、『ヴェル・サクルム』に掲載されたクリムト「魚の一族」の絵画の関係性である。水にうねる長い黒髪と魚の共演は、木股の言うように「女性が魚類の一族である」表れなのであろう。

 また、晶子の歌が持つ豊かな色彩感覚を表現するにあたり、美術面では印刷技術が進歩したことが述べられている。「フィリップ・デニス・ケイトは、多色刷石版の実用化によって起こった印刷技術の革新を色彩革命と呼んでいる」とある。西洋で起こった色彩革命はやがて日本に、そして『明星』、『みだれ髪』に伝わった。杉浦非水と中澤弘光の作った「『乱れ髪』歌がるた」において、色彩革命の影響が発揮され、晶子の歌に色彩豊かな絵がつけられた。この豊かな色彩は、色彩革命で得た印刷技術の進歩無しでは、存分に表現されることはなかっただろう。やはりここでも『明星』が果たした芸術的役割、文学と芸術の共鳴について論述されている。

 次に、木股の着眼点について述べる。木股は「文学と美術の連携」と称し、『明星』あるいは『みだれ髪』を美術的な面でとらえている。そして藤島が描いた『明星』第11号の表紙画と晶子の歌から、女神ヴィーナスが連想されることを述べている。藤島の表紙画には金星のマークと百合の花が描かれている。金星が表すものは「美と官能の女神ヴィーナス」である。また、「ヴィーナスにはユリの花が添えられることがあるが、一條と藤島の女性像には、ユリの花が描かれている」のである。つまりこの第11号の表紙画で藤島が表現したかったものが女神ヴィーナスである。なぜ藤島が女神ヴィーナスを表現したのか。それは「詩界の闇を照らす明星に、芸術の女神ヴィーナスが対応し、『明星』を代表する、恋愛を肯定する与謝野晶子の歌風」に女神ヴィーナスの空気を感じたからであろう。そしてこのヴィーナスのイメージが、『明星』に官能的な印象を匂わせることになったのである。つまり、表紙画である「美術」と、晶子の歌である「文学」とが共鳴したということである。

 木股の着眼点はその一点にとどまらず、色彩革命とそれに伴う印刷技術の進歩に向けられている。美術の発展を支える印刷技術に目を向け、晶子の歌の豊かな色彩感覚が与えた美術的役割を述べている。ここが木股の着眼点として最も興味深いものであると感じる。印刷技術の発展は西洋で起こったものであるが、それは次第に極東の島国である日本に流入し、晶子の歌によって花開いた。晶子の歌があったからこそ、日本の美術は進歩した。『明星』の果たした芸術的な役割は、この一点に尽きるであろう。また『明星』に欠かすことのできない表紙画は、西洋の技術をふんだんに活かし、日本の美術に新たな風を吹かせた。それを支えたものが「印刷などの技術的な基盤」であり、そこに木股の言う「画文が共鳴、混融する可能性としての豊饒」がある。

 最後に、これらの点をふまえ、私の考えを述べて終わりとする。初めに挙げた『明星』第6号は、当時の日本人にとって非常に驚くべきものであったに違いない。長い黒髪を持つ一糸纏わぬ女性が、星空をバックに百合の花の匂いを嗅いでいる。この一條の描いた表紙画は、官能的な匂いを濃く発するものであった。髪というものは元来ポルノグラフィックな意味を持っている。そのうえ女性は裸身である。一條は後の第8号で「風俗壊乱」として発禁処分を受けることになるのだが、第6号が同じように発禁処分になることも十分あり得たはずである。新聞型から雑誌に体裁を改めた記念すべき第6号にもかかわらず、何故主宰者である鉄幹はこの一條の表紙画を採用したのであろうか。そこに鉄幹の『明星』に対する思いが込められている。先に挙げた「新詩社清規」第13項で、『明星』が単に文学のみの雑誌ではなく、「文学美術等の上より新趣味の普及せんことを願」って刊行されていることを述べている。これは今の我々にもあてはまることで、文学にさほど興味が無い者も、表紙の絵や装丁を見て本を購入することがある。つまり、『明星』に掲載されている詩歌や評論文に興味が無くても、表紙に興味をもって買う人があり、そういったことから「堕落せる国民の嗜好を高上ならしめん」としたのである。ここに鉄幹が生んだ「文学と美術の連携」がある。

 その鉄幹の妻であり『明星』を代表する歌人の晶子は、奔放な愛の賛美を歌った。代表的歌集『みだれ髪』は、その題名からして官能的なものである。1ページ前で述べたように、髪というのはポルノグラフィックの象徴である。百人一首の中に「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ」という歌がある。これは待賢門院堀河という女性が詠んだ歌である。晶子の『みだれ髪』は、この「長からむ」の歌と同じ匂いを感じさせる。寝乱れた髪は、女性の持つ薫り高い色香を放つと同時に、絵画的な表現でもある。晶子の歌には頻繁に黒髪が詠まれる。『みだれ髪』という大胆な題、大胆な歌に対し、「猥褻である」また「下品である」という非難の声も少なくはなかった。しかし、木股は「その際、西洋的美術を踏まえているといえば、歌は絵画の一場面のようになって、猥褻だという非難をかわせるかもしれない」と述べている。晶子の歌は絵画的であり、『明星』で夫の鉄幹が目指した「文学と美術の連携」を見事に成し遂げている。

 『明星』というのは、明るく輝く金星のことを指す。明治の世に浪漫主義を掲げて自由な恋愛を歌った『明星』はまさに、封建的社会や旧道徳という長い夜の夜明けを告げる希望の光であった。その光は今もなお、輝きを失うことなく光り続けている。


〈参考文献〉
木股知史「『明星』における文学と美術の交流」 (「図書設計」74号 2008年12月)
上田博・瀧本和成 編「明治文芸館Ⅳ 20世紀初頭の文学「明星」創刊とその時代」 (嵯峨野書院 1999年11月)


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